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防風林「海の向こう側には昔はロマン、今は荒波が【2018年1月2週号】」

 ▼「幼かりし日/われ父母にわかれ/貧しく/この浜辺に立ちて/(省略)はるかなる/とつくにを想〈おも〉えり」。芹沢光治良著の自伝的小説『人間の運命』の主人公が幼少時代、孤独の中で静岡県沼津市の海岸に立って波濤〈はとう〉の向こうにある異国の地に思いをはせた。
 ▼正月、帰省し荒れる日本海の浜辺を歩いたら、大学2年の夏に榛原台地の茶栽培実習を終えたその足で、沼津の浜辺に建つ芹沢文学館に向かった記憶が蘇った。海岸を走る路線バスに揺られて目的地に着いたのは閉館間際の夕暮れ時。
 ▼「明日、芹沢先生が来館します」と職員。「沼津に戻り宿を探そうか」と困惑していると、海岸と崖の狭間にある小さい漁村の造船所の宿泊所に電話し交渉してくれた。その施設に着いたのは太陽が山に沈み夜のとばりが下りたころ。
 ▼翌朝、目覚めて窓を開けたら潮の香りとウミネコの鳴き声が部屋に満ちた。文学館を再訪し門をくぐると、昨日の事情を聞き知っていた芹沢氏が温厚な笑みを浮かべ肉厚な掌〈てのひら〉を差し出し迎えてくれた。冒頭の詩は当日、色紙に書き記してくれたもので今も残っている。
 ▼芹沢氏は、若い頃の努力と人との縁を礎に、夢にまで見た渡欧を実現、作家としてロマン・ロランなど国内外の作家との親交を深める。今、海の果てからは過去の恩讐〈おんしゅう〉や貿易協定による関税撤廃など、わが国の命運を分ける荒波が押し寄せている。