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防風林「棚田の小さな区画も命の糧を生み出す場【2016年6月4週号】」

 ▼日本の原風景、棚田が残る山村には類似したさまざまな言い伝えが残っている。ある雨の日、役人が来て「ここの棚田には田んぼが何枚あるのか?」と尋ねるので、「確か○枚あるはずだ。1枚、2枚......」。何回数えても、1枚足りない。
 ▼「自分の田の数がわからないのか?」と怒る役人に、平身低頭。翌日、田んぼに向かうと1頸(くび)の蓑(みの)が落ちていた。数えた時に雨が上がったために、地面へ無造作に置いたのを思い出す。拾うとそこには、蓑がすっぽり入るほどの小さな田があった。
 ▼満月の晩に行くと、月が額縁に入ったように水面に映る小さな田んぼがあるとの話も。山頂近くまで畦(あぜ)を盛り水を引く苦労をいとわぬ古人のこと、誇張ではなくそんな田もあるはず。ふと思う。棚田は「どんな田でも命の糧を生み出す場なのだ」との、祖先の声なき伝言なのだろうと。
 ▼今年も7月に、新潟県佐渡市で棚田サミットが開かれる。何年か前の取材で、息を飲むような棚田風景を写真に残そうと、参加者の多くが引き上げた棚田に残った。後片付けする地元保存会の代表に言葉をかけた。「棚田保存は耕す労力確保が大事だが、大きな壁は地権者が全国に散在してしまっていること」と話す。
 ▼整備には蓑1枚の田でも地権者の了解が必要な時もある。何十年も前に都会に移り、転居先不明の場合が多い。文化財保存なら昔のままの姿でいい。だが、営農継続には、せめて耕うん機が入るよう畦を撤去せねばならないこともある。