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防風林「科学は時として破滅に導くことを伝承しなければ【2016年8月3週号】」

 ▼オリンピックの熱戦に湧く8月中旬、三十数年来の同窓生数人と神奈川県内にある出身大学のキャンパスで待ち合わせた。敷地には戦時中、旧陸軍研究所があり、秘密戦(防諜=ぼうちょう・諜報・調略など)兵器のほか風船爆弾や電波兵器などの研究開発を担った場所という。会合は終戦記念日を前に資料館を訪ねようとの趣向だ。
 ▼校内の兵舎に似た木造平屋建ての学生課事務棟と生物学実験棟は、戦時中に偽造紙幣の印刷所と保管庫に使われた。軍部は大量の偽造紙幣を特務機関を通じ中国に流通させ、経済的混乱を画策したが成果はなかった。記憶する2棟は老朽化で解体、研究施設が建ち当時の痕跡は少ない。
 ▼風船爆弾もここで開発された。女学生などを大量動員して和紙をこんにゃく糊(のり)で張り合わせた気球を製造、爆弾を吊(つ)って放球した。偏西風に流され太平洋を横断し、米大陸に約360発の着弾が確認されたというが、戦局を覆す力はあるはずもない。
 ▼獣疫ウイルスや対人用毒物も開発し、中国大陸で細菌部隊による非人道的な使用は伝え聞く話だ。戦争末期の疎開や敗戦後の証拠隠滅で膨大な研究資料は消失。跡地には大学が移転したが、学生は戦争に利用された科学の歴史を伝えられず卒業する。
 ▼2010年、大学は戦争遺跡として保存し資料館を開設した。時代や世相は異なるが、同じ敷地内で農学や理工学を学ぶ現在の若者たちに、「科学」は時にして破滅に導く危うさを併せ持つということを伝え続ける責務を負っている。