今週のヘッドライン: 2025年05月 2週号
静岡県函南町でジャガイモやニンジンなどを有機で栽培する「伊豆陽なたビオファーム」=40アール=の米倉賢一さん(66)は、緑肥のみを使った土づくりを実践。兼業での一人経営に沿った効率的な輪作体系を組み立て、慣行と同等の収量を確保する。「野菜を育てるためのチッ素分を圃場で生産でき、〝肥料の地産地消〟になる。すき込むだけで、大がかりな農機も必要ない」と話す。経営規模を問わずコスト低減や安定生産に貢献できるとし、研究機関などの技術普及に協力している。
農林水産省は4月30日、2025年3月末の米の民間在庫量を公表。出荷・販売段階の合計は前年同月比35万トン減の179万トンで、同時期としては10年以降で最も低い水準となった。ただ、2月末時点に比べ対前年差の減少幅は縮小。さらに売り渡された政府備蓄米の数量は2千トンで、3月の入札で落札された計21万トンはこれから本格的に反映され、4月の落札分10万トンも順次、市場に供給される。価格高騰や品不足感などに伴い米消費の減少も指摘される中、引き続き需給動向には注視が必要だ。
自民党は4月25日、食料安全保障強化本部など合同会議を開き「関税措置に係る米国との協議に関する決議」を採択した。食料安全保障の確保に向け、食料・農業・農村基本法を改正し、国内生産基盤の維持・強化を進めている中「農林水産品を犠牲にすることにより国益を損なうことがあってはならない」と明記。政府に「守るべきは守るとの姿勢」の徹底を求めた。
千葉県八千代市で株式会社nocaを営む代表取締役社長の立川あゆみさん(51)は、パクチーを30アール栽培する。生食用に加え、オリジナルの加工品を「PAKUCI SISTERS(パクチー シスターズ)」と名付け、ブランド化を図っている。周年栽培の安定した出荷を強みに大手飲食店を含め30店舗以上と契約し、販路を広げている。
これから本格的な暑さを迎える夏も健康に農作業をしたい。そのためには、良質な睡眠で体調を整えることが大切だ。快適に眠る方法を睡眠改善インストラクターの鍛治恵さんに紹介してもらう。
農林水産省はこのほど、環境負荷低減の取り組みを推進する「みどりの食料システム戦略」の実現に貢献する技術カタログ第5版を公表した。新たに追加された技術の中から、かんきつの2技術と温州ミカンの1技術について概要を紹介する。
【岐阜支局】種田(おいだ)養蜂場株式会社は、大垣市東前でセイヨウミツバチ400群を飼育する。「ミツバチが集めた栄養豊富な蜂蜜を多くの人に味わっていただきたい」と話す種田敏徳(としのり)代表取締役(62)。6トントラックで、開花時期に合わせて北海道や岐阜県、三重県など国内各地を移動して養蜂に取り組む。日本各地の花々から採取した天然そのままの豊かな味わいが自慢の蜂蜜や加工品を一年中提供している。
〈写真:「ミツバチたちが集めた栄養豊富な蜂蜜を、より多くの人に味わっていただきたい」と種田代表〉
【静岡支局】「フラワートーチを通じて、花を育てる喜びを伝えたい」と話すのは、三島市三ツ谷新田にある箱根洋ラン園の内藤宗尊(むねたか)さん(65)。妻の孝子さん(65)、娘の紗野花(さやか)さん(39)と共にマーガレットや、マーガレットとローダンセマムを交配した「ビジューマム」、ヒマワリ、ミントなどの花きを33アールで栽培する。鉢花や苗を気軽に贈ることができる商品開発を積極的に行う。
ギフト商品「フラワートーチ」は、花束のような外観の鉢花。切り花と違い、鉢に植え替えることで長く楽しめる。宗尊さんが「他にはない商品を」と発案した。花き市場やパリの生花店で勤務した紗野花さんの経験も生かして試行錯誤を重ね、5年前から市場に出荷する。
〈写真:花束のような外観のフラワートーチ〉
【石川支局】「忙しいけれど挑戦することは楽しい」と話す珠洲市の皆口英樹さん(46)は、地震などに被災しながらも、サツマイモの加工品の商品開発に取り組んでいる。
〈写真:「べにはるか」を使ったサツマイモチップをPRする皆口さん〉
【和歌山支局】古くから稲作が盛んな有田川町清水地区で、水稲2.3ヘクタール、グラウンドカバープランツ30アールを栽培する福本忍(ふくもとしのぶ)さん(79)は、もみ殻くん炭を約20年前から製造している。近隣農家からもみすりを請け負っていて、大量に発生する農業副産物の再利用で、地域の持続可能な農業に貢献する取り組みだ。
〈写真:福本さんが設計したくん炭機。約20年使っている〉
▼まもなく母の日。町の生花店は日ごろの思いを込めて花を贈ろうとする人でにぎわう。カーネーションをはじめ農家が大切に育てた花が、母と子の心をつなぐ。
▼5月の第2日曜日が母の日となった起源は、100年ほど前に米国・ウェストバージニア州に住むアンナ・ジャービスという女性が、教会で亡き母を追悼する集会を開いたのが始まりとされる。母を忘れない日の大切さが広く共感され、1914年に正式に制定された。
▼日本では戦後に定着。代表的な贈り物・カーネーションは、アンナが亡き母が好きだった白いカーネーションを追悼集会で配ったことに由来する。そのため、存命な母には赤やピンクのカーネーションを贈るのが一般的。普段、なかなか口に出せない言葉を手紙にしたためたり、ねぎらいの気持ちが伝わるプレゼントを渡したりするのもあり。
▼先日会った友人は、コロナ禍の真っただ中で看病どころか面会すらままならずに最期を迎えた母の墓参りに行くという。白いカーネーションを持って、感謝や思いを伝えにいく日にするのもいい。